北海道胆振東部地震による停電のために避難生活

 

先日、2018年9月6日早朝に北海道胆振東部地震が発生した。

 

その時、私はたまたま道東を旅しており停電の影響によりあらゆる交通機関が停止したため、網走市から出ることができなくなってしまった。

 

網走市では地震の揺れは、あまり大きくなかったためはじめは、全道的に停電しているとは思わなかった。なにより、全道で停電が起きるなんて想像もしていなかった。当時、複数の発電所で電力の供給が行われていたようだが、まさか全部混ぜて供給されているなんて知らなかったので、、、

 

停電の中、JR網走駅で運転再開を待っていたが、テレビもつかず運転再開にも時間がかかりそうということで、行政の用意した避難所に午後4時頃に行くことになった。

 

まさか、旅の途中で避難所に行くことになるとは。いつ次の目的地に向かえるかが分からない、不安な時間が始まった。その非日常的な生活の中で感じたことを忘れないうちに書き残しておこうと思う。

 

【携帯に依存している】

停電によって、いつ携帯の充電ができるとも分からなくなり、多くの人が情報を携帯から集めつつも、電池が減らないようにしようとするという相反する状況に陥った。停電発生から13時間後に開設された避難所では、自家発電が行われており携帯の充電をしようとする旅行客と地元住民、ビジネスマンで夜まで列がなされた。

 

【ホテルより避難所?】

地震発生日には鉄道の運転再開を待つ人で駅には沢山の人がいた。結局その日に、運転再開はないことが分かると、多くの旅行客はホテルを取ろうとしたが満室でとれない。(実際は、予約でいっぱいなのだが予約した人も網走市にたどり着けないのでキャンセル連絡さえ届けば宿泊できたと思う。しかし、停電でホテルの電話も使えずそれもままならない。)そこで、市の開設してくれた避難所で寝泊まりした。プライバシーの問題は多少あるが、ここでは旅行客同志で情報を融通しあい、また自家発電により電気を使えたので、不安にはならなかった。行政からの情報もいち早く入るため、ホテルでなく避難所に行ったのは正解だったかもしれない。

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避難所ではこのように多くの情報が掲示された。特にお風呂情報は、48時間程度は入れていなかったのでありがたかった。

【食糧の確保は早めに】

こういう異常事態と際はすぐに食糧がお店から消えてしまう。こういう時に備え、出先では、あらかじめ余分に食べ物を持っていることも重要であると感じた。また朝のうちから、一日分の食糧にある程度の目星をつけておくと、空腹で焦らずに済むと思った。

停電の際に営業してくれていたお店には頭があがりませんし、そのようなお店の情報を共有することが大事でした。

 

【他の旅行客と話ができる】

鉄道が動かず、同じように網走に足止めになってしまった旅行客とお互いの旅行の話ができた。もちろんお互い大変な状況ではあるのだが、地震自体はあまり大きくない地域であったため、被害が少なく、旅行客は手持ち無沙汰になってしまった。そんな中、旅好き同士で旅行の話ができたことは、楽しかった。

 

【いつ復旧するか分からないのがつらい】

JRの復旧状況は、数時間先までしか確定情報でないことが多く、「何時以降は未定です」と言われることが多かった。もちろん点検の進み具合等によるところなのだろうが、旅行客としても最初の2日ほどは変に希望をもってしまい、なかなか次善の策を練ることができなかった。もちろん、新たに飛行機の予約を取ろうとしても難しいということもあったが。

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9月7日の午前中時点での情報。午後は未定となっている。

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9月7日の夕方の情報。結局翌日もすべての運休が決まった。

石北本線(札幌方面)運転再開は結局9月9日となった。

現時点(9月12日時点)でも釧網線方面は運転再開していない。

【旅行客は帰れば終わりだが...】

我々のような、旅行客はこのような事態になると第一に帰宅することを考える。帰宅さえできれば、今の私のように日常に戻れるからだ。しかし、実際に避難所で生活をしてそこでラジオ等で地震の被害を聞くうちに、北海道の人はこれからが大変な時期になるということをひしひしと感じた。私のいた網走は、地震の被害は少なかったが停電は場所によっては2日以上続いたようである。また、胆振地方では住宅や店舗が倒壊してしまった人もいるだろう。たまたま北海道にいたからだろうか、他人事のようには思えないのである。そういう思いを抱けるようになったという意味で、今回北海道にいて避難所生活をしたことは私にとって意味あることだったのかもしれない。

 自分達の生活もあるのに、我々にパンや非常食を提供してくださった網走市の方、網走の情報を提供してくれた市民の方、電力の早期復旧のために努力してくださった北海道電力の方には感謝しなければならない。

 

なにより、出先での非常事態には周囲の人に手を差し伸べ、お互い助け合うことが重要であるなぁと感じることができた日々だった。